暗い青は深海の色
 暗く静かな深い海の底の化身の少年は深海の瞳を持っている

 明るい青は空の色
 けして交わることのない二つの色

 その二つの色は深淵の漆黒によって混ざることになる





 The boy who has the eye of dark blue.

     暗い青の瞳を持つ少年





教師達が大広間へと入ってきた。
最後尾のエンドル校長が席に着くと生徒達はお互いに口を閉じる。
静まり返った大広間。

丸い顔をしたエンドル校長はにっこりと笑う。
横に座っていたグリフィンドールの寮監フランツ・メスメルが席から立ち上がる。
穏やかな若草色のローブがふわりと舞った。
がっしりとした身体に茶褐色の短髪。
眼鏡ごしの柔らかい眼差しを持つ彼は、組み分け帽子が置いてある椅子の横に立った。

「みんなおはよう。朝ご飯を食べる前に伝えることがある」
生徒達は顔を見合わせた。
「ここに組み分け帽子があることを疑問に思っているだろう。ある程度予想がついているかもしれないが」
勿体つけたようにくぎり、にやっと笑うフランツ。
わあっと大広間の生徒たちが盛り上がる。
二席隣に座っていたフィネアスが、整った片眉を上げる。
その顔には、私は不機嫌です。と書かれているのがありありと分かる。

「今日からみんなと共に学ぶ生徒を一人紹介したいと思う」
フランツがそう言うと大広間は一層ざわめいた。
ほらみろ。やっぱり。等とそこら中から声が上がる。
教員席に座っているフィネアスは、じろりとスリザリンで騒いでいる生徒たちを睨む。
睨まれた生徒たちは蛇に睨まれた蛙のごとく硬直した。

「では紹介しよう。ミス、だ」

教員入り口の扉が開かれるとそこに一人の少女と一匹の大きな犬が佇んでいた。

さらりとのびた艶やかな長い髪。
ほっそりとした身体は頼りなく今にも折れてしまいそうに儚い。
肌は色白で唯一紅く色を染めるのは花弁の様に紅い唇だけ。
長い睫毛に縁取られた瞳は髪と同じ漆黒。
まるで其処の見えない深淵に飲まれたような錯覚を起こす眼は、俯き加減に少しだけ伏せられている。

まるで闇夜の化身のようだ。

この時、大広間にいた大半の人間の心の思いは確かに一つになっていた。

紹介されたは、一歩一歩ゆったりとした足取りでフランツの元へと歩く。
そのの横を大きな犬がつき従っていた。
ふさふさした毛並みは、黒くなめらかである。
とくに肩や首、胸の被毛は豊富だ。
耳は三角形で、ぴんとまっすぐ立っている。
大きな犬が悠々と、とことこと歩く。
犬に変化しているジークだ。

フランツは古びた帽子を手に取るとにっこり笑った。
「彼女は遠い東洋の国、日本の出身だ」
生徒達はひそひそと話している。
「彼女は編入に先駆けて行われた編入試験においておおいによろしい。"O"を取得したので四年生へと編入する」
ざわめきが大きくなった。
「では、組み分けを始めよう」
そこに座って、とフランツはに囁く。
は言われたとおりに椅子に座る。
ジークがちょこんと座り、こちらを見上げていた。
帽子で視界を遮られる瞬間、ジークがにやりと笑った。
なんだか励まされたような気がした。

視界は閉ざされた。

(なんと。まぁ、珍しい血脈を持った子だ)
頭に響くように聞こえてきた声に意識を集める。
(とても暗く重い血を背負っているね)
の血のことだろうか。
(いや、いやいや。それだけじゃない)
それだけではない?
(君の中に流れている血。何れ君はその意味を知ることになるだろう)
は帽子の言葉を思案する。
何のことか、分からなかった。
戸惑うを無視して帽子は一人で、うんうん唸りだした。
(ふぅむ…。やれ困った。君は多くの性質を持っているね)
(でも、同時にとても無気力だ)
どうやらこの帽子は人を見抜くことに関して素晴らしい能力を持っているようだ。
(なんと! 全てを諦めているしまっているね。生きることさえも)
不快だった。
(そしてその原因は、君の…)
何かに探られているように頭の中を覗き込まれている。
不快だった。

ヂ、ヂッ。…バチッ。

爆ぜる様な音をたてて、帽子が宙を舞った。
大広間が息を呑んだように静まり返った。

フランツは目を見張り、慌てて床に落ちた組み分け帽子を拾う。
ゆっくりと伏せていた瞳を開き、は組み分け帽子を見据えた。
何処までも深い黒は帽子をひたりと見据えたまま揺らがなかった。

フランツはあまりの黒さに吸い込まれるような錯覚を起こした。
静まり返った静寂を裂くようにフランツの手にある組み分け帽子は口をあけた。

「スリザリン!」

ぱん。ぱちぱちぱち…。
フランツは我に返った。
見れば、エンドル校長がにこにこ微笑みながら拍手をしている。
しだいに大広間からまばらだが拍手が聞こえてきた。

「覚えておきたまえ。君がここへ来たのは偶然ではない」
次第に大きくなる拍手の中で、組み分け帽子の小さな呟きはフランツとにだけ届いた。
ぎくり、とする。


この世に偶然なんてないよ
僕とが出会ったのは必然さ
決められていた運命なんだ
だから君は僕だけのものなんだよ
それを忘れないでね
…忘れることは許さないよ


視界が一瞬真っ白に染まり、どっと汗が噴出したのをは感じた。
頭の中で組み分け帽子に言われた言葉と記憶の中の少年の言葉が交差する。
ずきずきと頭に痛みが走る。
組み分け帽子の言葉に眉を寄せていたフランツはぎょっとした。
顔を蒼白にさせたに声をかけようとして歩み寄るフランツの前を、黒い影がよぎった。

座っているの膝に前足をかけて大きな犬、ジークがの頬をべろんと舐めた。
焦点のあっていなかった瞳が我に返ったようにジークを見た。
ジークとは見つめあった。
しばしの沈黙の後、はゆっくりと立ち上がった。
ゆるゆるとお辞儀をするとスリザリンの方へと足を向けた。

その後姿を見送り呆然としていたフランツは、組み分け帽子を持ったままエンドル校長へと視線を向けた。
エンドル校長はフランツの視線を受けて静かに微笑んだ。


「はじめまして、
スリザリンの方へと歩いてきたに一人の少年が、そう言いながら手を差し出してきた。
はちらりとその少年を見た。
銀色の月のような髪を持った少年だった。
こちらではシルバーブロンドというのだったか。
見事な淡い銀髪を見てどうでもいい知識が浮かんだ。

「はじめまして」
は差し出された手を握った。
これが英国式の簡易な挨拶だとパラケルスから聞いている。
「こちらの席が開いているよ」
銀髪の少年の手は冷たかった。

空いている席に座ったの横に銀髪の少年は腰を下ろそうとした。
しかしその前に、ひょいと身軽な動作でジークが飛び乗る。
驚き身を引いた銀髪の少年を気にすることなく。
はジークの柔らかい毛並みを撫でる。
銀髪の少年は、抗議するように眉を上げてからジークの横に腰を下ろした。

周りに座るスリザリンの生徒達は興味津々にを見てくるが誰も声をかけてこない。
ちらりと周りを観察すればどうやら銀髪の少年を気にしているようだ。
なんともまぁ分かりやすい。
どうやらスリザリンは上下関係が厳しいようだ。

エンドル校長が軽く手を叩くと、目の前に豪華な料理が現れた。
生徒たちは、待ってましたといわんばかりに食べ始める。
は肉類と野菜を均等に取り分けジークの前へと持っていく。
はサラダを取り分け自分の前に置いた。
瑞々しい野菜は噛むと適度に甘く美味しかった。

「僕の名前はソレイス・マルフォイ」
カボチャジュースを飲みながらの様子を観察していた銀髪の少年が唐突に言った。
はソレイスの方を向いた。
ソレイスはの視線が自分に向いたので微笑んだ。
上品な微笑だったが冷たい笑みだとは思った。
「君の事は父上から聞いているよ」
周りの生徒達が聞き耳を立てている。
「日本の名門の直系で、オンミョウドウという魔術の大家の継承者。だろ?」
「ええ、それがなにか」
は気がないようにサラダのトマトに視線を戻す。
「僕の父上は魔法省に勤めていて色々な情報が常に入ってくるんだ」
ジークは、ばくばくと肉をほおばる。
どうやらホグワーツの料理をお気に召したらしい。
「君はとても優秀な生徒のようだし血筋的にもスリザリンには申し分ない。歓迎するよ
「どうもありがとう」
はソレイスを見ずに言った。
ソレイスの片眉がぴくりとした。
は気配でソレイスが気分を害したことを悟る。
しかし謝る気にはなれなかった。
の家でもソレイスのような人間は沢山いた。
自分より下の相手を見下し、簡単に踏みにじり、それを当然のようにやってのける。
の嫌いな人種だ。
ソレイスはを見下している。
上手に隠しているようだが、瞳にその感情が出ているのだ。
は周りの感情に敏感な幼少期からで生きてきた。
いくら上品な笑顔で取り繕ってたとしても、人間の表に隠された裏を見破り見つけることなど造作もなかった。

トマトにフォークを突き刺すが視線を感じ目線を上げた。
視線の先を辿ると藍と黒が混ざった色彩を見た。
暗い青にして蒼。
深い海の底を思わせるその青は、の視線を捕らえて放さなかった。

暗い青と深い黒の視線が交じり合ったのは永遠にも似た一瞬だった。

藍と黒が混ざった色彩を持つ彼は美しく微笑んだ。
それは完璧な笑み。
は睫毛を震わした。

これは毒だ。
それも猛毒といっていい。

は微笑んだ少年を見据えた。
その少年はの無表情を見て僅かに目を丸くした。
意外なものを発見したというように。

先に視線をそらしたのはだった。
美しい少年は、猛毒を含んだあの少年は、あの少年の瞳は、思い出したくない人に似ていた。

とてもよく似ていた。
の義弟に。義弟、怜に。

はトマトを口に含んだ。
トマトはやはり瑞々しく甘かった。



忘れることは許さない
何処に行こうとけして逃がしはしない
何故なら貴女は僕のものだから
そうでしょう姉上 愛しい人



深い海の底の色に義弟の満足そうに微笑む顔が浮かんで、消えた。



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あとがき
夢主人公はスリザリンへと
組み分けされました。

そして
ルバルド・ディ・グリン、アルバス・ダンブルドア。
彼らと出会い夢主人公は徐々に
運命の歯車に巻き込まれていきます。